生きていることの確かさと不安と(今朝の出来事より)


生きていることの確かさと不安と

今、ドトールでコーヒーを飲んでいる最中、店の入り口で初老の女​性が倒れて、店員さんが119 通報 救急車を待っている。

今 私が行きている確かさはこうしてまわりの状況を察知できる意識が​あることです。

倒れている女性は意識があって店員さんと会話している。

死んでしまう恐怖はなさそう。

5分たったがまだ救急隊員は来ない。

今常連ねの90まじかの爺さんが店を訪れて驚いてる。

12分経過して隊員が到着、わりかし早い、待つ身は長く感じるもので​すね。

そのまま、救急車に連れて行かれた。

たぶん、無事である、
かくのごとく、私たちの命は常に不安にさらされている。
それでも明日を信じて(​楽しみに)​生きている。不思議だ、不可思議なものである。​

そして私は、となりの常連爺さんの行く末を心配している、まった​く知らない人なのに、その喫茶店の常連さん☕️ってことしかわからないけど、なぜか心配している。

明日もコーヒーを飲みに来てくれることを祈っている。

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この記事へのコメント

2019年04月11日 17:59
確かに、生きてることは不確かですねぇ。

明日も生きてる保証はありませんし。

死なない生き物もいませんしねぇ。

そう考えると、生きてることが不思議な気持ちになってきます。

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